僕の東日本大震災 | 理学療法士が参加した救護班

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東日本大震災が起こって9年

この時の流れが、早いようにも思える。

当時も理学療法士として働いていて
被災から何日もたっていても、リハビリテーション(リハ)職種の応援活動がなかったのに対してやきもきしていたのを覚えている。

平常時であっても、リハの要望は多いのに、被災後はさらに高まっているはずだと思った。

対象は

  • 災害により現在リハを必要としている人
  • いま発症してリハを必要とする人
  • いままでリハを必要としていた人
  • 災害派遣のチームへのリラクセーションなどサービス
    だろうか

なのに、救護活動や理学療法協会からは、ほとんど声が上がってきていなかった(僕に聞こえていなかっただけだろうか? いや・・・)

ということで、
僕は赤十字が行なっている救護活動に「事務(主事)」という形で救護活動に参加させてもらうことになった。

事務員としての参加でも、

理学療法士の目でもって被災地を見て、可能ならば救助に手を尽くしたいと思ったのだ。

僕の救護班の活動

僕の救護班の活動は
4月7日~11日
帰ってきた日はちょうど被災1ヶ月目という時期だ。

当時の様子はこのブログでも書いた。

KAZZ BLOG「救護班」(2011年04月05日)
KAZZ BLOG「理学療法士(主事)」(2011年04月06日)
KAZZ BLOG「救護班(1)」(2011年04月07日)
KAZZ BLOG「救護班(1-2)」(2011年04月08日)
KAZZ BLOG「救護班(2)」(2011年04月08日)
KAZZ BLOG「救護班(2-2)」(2011年04月08日)
KAZZ BLOG「救護班(2-3)」(2011年04月08日)
KAZZ BLOG「救護班(3-1)」(2011年04月09日)
KAZZ BLOG「救護班(4-1)」(2011年04月10日)
KAZZ BLOG「救護班(5-1)」(2011年04月11日)
KAZZ BLOG「救護班(5-2)」(2011年04月11日)

救護班も多くの人たちに支えられて活動ができた。
この時期はローラー作戦というのが展開されていたのは、後になって知った。

振り返ることで、自分たちががむしゃらにしていた活動の意味も知ることができた。

3.11はまだ終わらない。
遠く東北の地ではなくて、いまここにあることとして、思い起こし考えていきたい。

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参考

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