月とライ麦畑

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夜、空を見上げたら

月が傘をかぶっていた。

田舎なので、空の広さを感じた。

と、同時に心に去来したのは、大好きな小説、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の一節。

このライ麦と夜とは場面が違うのだけども、夜空から感じただだっ広さと虚無感みたいなものが、なんだかシンクロしたのだろうと思う。

"Anyway, I keep picturing all these little kids playing some game in this big field of rye and all. Thousands of little kids, and nobody's around ― nobody big, I mean ― except me. And I'm standing on the edge of some crazy cliff. What I have to do, I have to catch everybody if they start to go over the cliff ― I mean if they're running and they don't look where they're going I have to come out from somewhere and catch them. That's all I'd do all day. I'd just be the catcher in the rye and all. I know it's crazy, but that's the only thing I'd really like to be. I know it's crazy."-Holden Caulfield

【野崎孝 訳】
「とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっからか、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」

いまは村上春樹の訳の本がでていて読みやすいのだけども、僕はなんとなく、昔ながらの野崎孝の訳が好き。

ちなみに、村上春樹の訳は以下のとおり

【村上春樹訳】
でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなものは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立ってるわけさ。で、僕がそこで何をするかというとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をキャッチっするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はだたそういうものになりたいんだ。たしかにへんてこりんなことだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。かなりへんてこりんだとはわかっているんだけどね」

 

参考;
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