大事なのは結果でありまして

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ビン(瓶)に砂と石を詰める話を知っている?

大きなビンが用意されていて、その容量は決まっている。

その内に、砂と石を詰めていく・・・という作業。

まず、砂からビンに入れ始める場合を考える。

すると、砂はビンの底にたまってしまい、後から石を入れようとしても、たいして入らないという状態になる。

次に
岩からビンに入れ始めると・・・・

後から砂をたくさん詰めることができる。
砂は岩の隙間に入るからね。

行う順序によって入れるものの量が変わってくる。

人生においても、これと同じことが言えるという話だ。
(もちろん、全てがこのビンの例え話で収まるなどという野暮なことは言わない)

大事なものと小事なものと、どちらに向き合うべきかを考えなくてはならない。
・・・『考えなくてはならない』というほどではなくても、それを知っているだけで結果が変わるということは知っておいた方が良いと思う。

自分が何にこだわっているか?

それは手法・プロセスなのか?
結果(outcomeアウトカム)なのか?
(もちろん、手法やプロセスにこだわることが愚などと野暮なことは言わない)

たしかに、小事(砂)に手当たり次第に対処すれば、多くの出来事は対処できる。
粒の量(個数)で言えば、砂は圧倒的に多い。
だけども、それによって後から入れる大事な事(岩)がビンに入らなくなってしまうということもある。

大事(岩)なことに対処することは、労力を使うし、こなした個数で言えば、少ない量になる(砂つぶの量よりもはるかに少ない)。
けども、後から対処する小事(砂)はまとめて全部入れることができてしまったりする。

人生・生活や仕事においてもそうだろう。

目の前の小事を一生懸命ガムシャラに対処することで、ある一定の満足感は得られるだろう。

けども、そのことによって果たすべき大事に対処するための余力や容量が少なくなってしまう。

小さなことに腹がたつかもしれない。
あるいはちょっとした人間関係が棘のように心を支配するかもしれない。

しかし、人生を俯瞰してみて、あるいは果たすべき仕事を考えた時、結果がどうなるかを考えてみるといい。

ビンをどのような状態で満たすのか?

『これをしてからでは物事が始まらない』

などと手法にこだわっていては、手をつけられない大事がずっと残ってしまうことにもなる。

自分の果たすべき仕事の『結果』を考えてみよう。
あなたに与えられた使命とは何かを考え直してみよう。

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