ベッドサイド問わず語り

Pocket

残念ながらご病気で意識を失ったおじいさんのリハビリテーションの介入に関わらせてもらった。

個室へのご入院で、ご家族がおられることが多いのだけども、この日は患者さん以外誰もおられない状態だった。

酸素投与のシューーという音の中で、反応のほとんどない患者さんの手足をほぐすような介入を行っているとき、ふと、小柄なおじいさんが部屋に訪れてきた。

御親類なのかご友人なのかご近所の人なのか知らないけども、許可を得てやってこられたのだろうなと考え、会釈だけのやり取りの後、パイプ椅子に座られた。

相変わらずこの個室にはシューっという音しか流れていない。

そのお見舞いに来られたおじいさんがポツリと呟かれた。

『友達なんです』

部屋が昭和の色に染まった気がした。

今は応答をしない患者さんは、ご病気の前は活発に動き回っておられたらしい。

地域での活動や、趣味の話
こういった情報は、本当に大切だ。

患者さんがどのような生活をしていられたのかという情報は、得られるようで得られない。

なぜならば、その人たちにとっては、そういった生活はあまりにも当然すぎて、聞き取ろうとしてもあえて言葉にされないことが多いからだ。

そして
戦争時代のお話

お二人は、戦争の生き残り。

戦友というのかか、幼馴染というのかは知らないけども、お見舞いのおじいさんは、やはり戦場の生き残りという御存在。

そして、
そのような、体験や当時の状況を少しでも世に残そうということで、ご執筆もなさっているらしい。

戦争の悲惨さを伝えるということのみならず、いまの真っ黒に塗られた当時の状況。
戦後史観という言葉があるけども、戦中・戦前の価値観を捨象し、『日本が悪いことをした暗黒の時代』という一色でその時代を語る風潮がある。
主に反日新聞と言われる朝日新聞がその世論を誘導しているが、戦時中に国民を戦争に熱狂へと誘導したのはこのメディアだ。

たぶん、この面会に来られたおじいさんのように、『本当はそんなんじゃない』と憤っておられる方も多いと思う。

聞いているかな?
僕への問わず語りのようで、今はもう意識のない友達に語りかけていたんだよ。

僕が部屋を出るとき、パイプ椅子から立ち、患者さんの枕元に移動される影が見えた。

フォローしてね!

コメントを残す