怒りと嫌悪と純粋性について

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もしあなたが人を憎むなら、あなたは、あなた自身の一部でもある彼の中の何かを憎んでいるのだ。我々自身の一部でないようなものは、我々の心をかき乱さない。

If you hate a person, you hate something in him that is part of yourself. What isn’t part of ourselves doesn’t disturb us.

ヘルマン・ヘッセの言葉だ。

また、ユング(心理学者・精神医学者)の言葉にこういうのがある。
『人に対して感じるあらゆる苛立ちや不快感は、自分自身を理解するために役立つことがある。』

人一倍苛立つ。そんなことは僕にもあなたにもあるだろうと思う。

それが、他者に対する怒りだというと、それは違う。
自分自身に対する怒りなのだ。

傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲…

他者に対してそれらを見つけるときは、他者を鏡として自分の中身にそれらがあると感じる。
だから、汚らわしく感じるのだ。

ピュアな人間は、他者にそれらを感じないのだろうか。
どうしようもない愚かな人間もまた嫌悪感を催さないかもしれない。

太宰はこれを実験していたんだと思う。

ほら、あなたも僕を見て嫌悪感を感じるんでしょう?
それは、あなた自身なんですよ。

と、言っていたんだと思う。

だから、あんな無茶をした。

普通に生きることができなかったのは、彼がピュアを信じたかったから。

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参考

Kazz Blog「同族憎悪」(2010年02月24日)

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