担当を

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僕はセラピストとしてICU(集中治療室)にも行く。

エレベータを降りて、廊下を歩きICUに向かう。
と、半透明の扉の奥から明かりが漏れてきて、そこで一段と気が引き締まる。

ICU独特の空気感があるからだ・・・。

室内から人影がみえた。
ICUの扉を抜け、廊下をこちら側に歩いてくる人がいる。

これから入室する僕とすれ違いになるのは、ドクタ。

扉が開いて、室内の白い明かりが、そのドクタの後光のようになる。

麻酔科医。

深い紺色の帽子とマスクで目しか見えないのだけども、それは確かに麻酔科医だった。

すれ違いざまに軽く会釈をして、僕がICUの扉をくぐろうとするその時

後ろから声が聞こえた。

『人工呼吸器・・・』

その麻酔科の声が聞こえたのはよくわかったけども、それが僕に発せられたものだと気がつくのに、すこし時間がかかった。時間がかかったと言えど1秒以内だと思う。

僕は振り向いて、麻酔科医を見つめた。

麻酔科医は体(たい)を変えずに、首だけ軽くこちらに振り向かせていた。
僕からは耳が確認できる程度だ。視線は合わせていないけど注意はこちらに向けているという姿勢。

なんだか映画のワンシーンみたいにかっこいい。

麻酔科医は言い直す

『人工呼吸器・・・外しておいたから。どんどん進めてもらっていいよ』

僕の関わる患者さんについての、情報だった。

・・・

僕は、こういったことにいつも感動してしまう。

つまり、
この麻酔科医は、ICUの、ある一人の患者さんの担当の理学療法士が僕であることを認識していて、どの程度プログラムが進められていたかを把握していたってこと。

理学療法士が関わっているんではなくて、僕が関わっているのを把握しているということだ。

こういうことは、僕にとって心の支えになる。

いつも出入りしている脳神経センターでもそう。
主治医が、ある患者の担当セラピストが誰かを把握しておられる。
あるいは、医療相談員も患者の担当のセラピストが誰かということを把握しておられる。

「理学療法士が」ではなくて、僕という個人を認識をされている。

これが当然のように行えていることって、素敵だと思う。

「そんなこと当然じゃない?」

と言う方もいるかもしれないけども・・・

なかなかないと思うよ~!
理学療法士だけでも32人もいるんだから。

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この記事へのコメント

  1. Re:mori
    moriさん、ありがとうございます!
    被害をあたえないように頑張りたいと思います(笑)!

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