救護班(3-1)

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5時半起床
僕が目覚めると、やはり昨日同様、隣に先輩主事は胡座をかきパソコンに向かわれていた。

出遅れたと感じたが、
既に、師長さんと医師は起きておられ、別室でミーティングを行われていた。

薬剤師は僕と同時に起きて、あと2人の看護師はまだ寝ていたので、安心した。

男女を問わず、寝袋で雑魚寝。

避難所になっている体育館では、多くの家族がこのような生活をされている。
段ボールで、大きな区分けはされているものの、そこに、家の形はない。

僕らは、まだ視聴覚準備室という所を用意されていたので快適だ。
体育館に比べれば、壁はあるし、屋根も近い。
人数は7人で、男性4人、女性3人。

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昨夜のミーティングから、今日は巡回診療を行うことにしていた。
地区の集会所を利用した聞き取り調査と、数件の予定訪問。
看護師2人と僕とで行くことになった。

僕は車の運転をしたが、ナビは現地の方(学校の先生)にお願いした。
とてもよそ者が、スラリと行ける地区ではない。

しとしと雨が降っていた。

集会所に着くと、区長さんが待っておられ、はじめに話をしてくれた。
やはり、医師常駐の必要性を訴えておられた。
それぞれの症状は確かに重篤ではないかもしれないけども、何か症状が出てから医療機関に頼ろうと思っても、1~2時間かかる。医師に見てもらえるという安心感が欲しい・・・と言うことを言っておられた。

その言葉通り、集会所に僕たちが来るということを聞きつけて、診察を受けにこられた方が数人おられた。
いずれもご高齢の方であった。

医師の診察と薬を求めてこられたのだけど、残念ながらこちらは看護師と僕だけだったので、要望に応えることができなかった。
それでも、看護師さんたちは話を聞き、バイタル(脈や血圧など)をとり、小学校に診療体制ができているので、そちらを案内するなど優しく対応されていた。

区長さんの話には力強さを感じた。

生きていくために、自分たちでどうにかしていく。
苦しい中にも楽しみを見つけて生活していく。
いつまでも避難生活をしない。

・・・そういったことを言っておられた。
漁師の村であることの自負を語っておられた。

この状況でこうも強くなれるものだろうか、あるいは、この状況だからこそか・・・
僕は凄まじい町の状況を見ていただけに、そう感じざるを得なかった。

けども、僕たちとしては、可能なところは助けたいと思っている。
もちろん、余計なお世話にならない範囲で、手助けがしたいと考えている。

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集会所とは違い、個別に訪問した家もあった。
こちらもご高齢の方だった。

おそらく大丈夫だろうけど、という前情報はあったのだけども、念のため訪問させていただくことにした。

結果的に、この念のためにし訪問がよかった。

その家の方は、お元気であった・・・というより、お元気そうにしておられた。
薬はきれて、つらいけども、人の前ではそれを見せないようにしていたということだった。

薬は非常に大切なもので、今すぐにでも用意しなければならないものだった。
それでも、かかる医療機関がなかったため我慢しておられたようだ。いつ発作が起こるかわからないという不安と戦いつつも。

元気にみえていても、そう見せているだけの状況。

皆ががんばっている中で、自分の弱みをみせない。
これは強さではあるかもしれないけども、その強さを強いられた心と体は、相当なダメージを負ってしまうかもしれない。

訪問診療の中で、看護師さんがそのことを聞き取る様子はすばらしかった。
逆に言えば、医療チームこそが、こういった被災者の心を解きほぐしたり、よりどころとなるものの一助になると思う。

現地では皆さんが、ぎりぎりのところでがんばっておられるのだと思う。

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午後からも訪問診療を行った。

現地の方から希望があり、訪問看護という形で、僕はそれに同行することとなった。
うちの医師は救護所の小学校で診療を行っているので、昨日からこちらに入ってこられた医療チームの医師に一人依頼をして向かうことになった。研修医の先生だそうだが、なかなか頼もしい方だった。

医師の診察とともに、看護師さんの聞き取りやケアも行われた。
僕は「主事」として参加していたので、車の運転と診療のお手伝いが任務と思っていた(つまりシャシャり出ることはないようにしていた)のだけども、看護師さんが、リハビリ業務を振ってくれた。「実はこの人、リハビリの人なんです!」て具合に自然に。

でも、ご家族もぱっと笑顔になり、「先生から言われたらおばあさんも動くと思うんで~!」と喜んでくれた。

いたいところの確認や、それによって動けない原因を探るり、ご自身でできるような運動の勧める。
運動や生活のしやすいような環境の設定。
動きたがらない原因の一つには、立ち上がりたくない

電動ベッドで座面を少し高めに設定して・・・って停電、停電(笑)!
電気が来てないんだから、電動ベッドもきかないわ!

一通りの、理学療法介入を終えた後、おばあちゃんと握手した。
「やっぱり先生だわ」とニコリと笑ってくれたのが印象的だった。

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訪問を終えた後は、再度避難所の小学校に戻り、それぞれが救護所の手伝いや定例会の出席やらに参加した。
僕は開いた時間で、薬剤師さんの手伝いをした。
薬品の品目のパソコン入力など。

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夕方、18時42分

震度5弱

初日のこともあったので、緊張感が走ったが、その後何事もなかった。

夕食は21時半
さばかん、からあげ、カキピーサラダ、おにぎり、オレンジ

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