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新人理学療法士・・・つまり、この春から入職してきたスタッフと症例検討会を行っている。

と、言っても、僕のような古株(になってしまう)スタッフはファシリテータとして同席。
1年目の理学療法士と、2年目の理学療法士が討議をできるようにとセッティングしている勉強会だ。

いまのところ4回が開催されているのだが、
なぜ、この勉強会を開催することになったかというと、スタッフの臨床力を高めたいという目的があるからだ。

臨床力
この点において、僕は臨床経験が1年あるもの(=2年目)は、レベルの差というものを示してもらいたいと願っている。

どういうレベルの差かというと、それは
経験している者と経験していない者
の差だ。

経験年数1年の差というものは、それだけで考えるとたいしたことないように思うかもしれないけども、それが0と1の差であれば雲泥の差がある。そうである筈だと、そう思う。

教科書から吸収されるだけの知識であれば、なんら年数の長短は問題なのだけども、経験を通した差であれば、そこの差は、そうでない者と比べ隔絶すべきものと思っている。

そういった1年目と2年目の対話が、彼らに成長をもたらすのではないかと期待している。

が・・・
いまのところ、この勉強会ではその差はは見られていない。

同じ土俵で対話している。
話がつまらない。

勉強会における2年目の発言やアドバイスからは、経験者としての苦悩なり工夫なりがあるべき筈だと思うのだが、それが伝わってこない。

つまり、物知りかそうでないかの差しかない(ように見える)。
これでは、よく読むだけで、埋まってしまう差だ。

経験者とそうでないものは、同じレベルで話をしていてはダメだと思う。
より高い思考で、臨床をとらえられいなければいけないと思う。

たしかに、知識的な量も1年目を凌駕しなければならないと思うのも確かだが・・・

2年目についてフォローすれば
古株の手前、ハキハキとものを言えないこともあるだろう・・・
しかし、そういうことを差し引いても2年目の成長(体験者としての成長)を窺い知るには努力が必要な状態だ。

それもそのはず・・・と思う点もある。
2年目はすでに臨床、・・・と言うか、お仕事に慣れてしまっていて、5時も過ぎれば電子カルテの前に座り込みをきめて、馬鹿話(←おっと失礼)でもしながら優雅に過ごしている姿を良く見かける。

彼らは臨床や患者と対峙することを放棄して、アフターファイブを過ごしているのである。
患者さんと接するのは勤務時間だけだと言いたいかのごとく、まだ先輩が臨床の時間を過ごしていても、知らぬ顔。見学もせず、病室に向かうこともなく・・・。

それでは、臨床力はつかぬと思う。

教科書や電子カルテの文字から得た情報だけでは得られないものを、ずっと放棄し続けている。

いまが大切なのだと思う。
臨床家として経験を積むには、今の時期に感性を鋭くさせておかなければならない。

そこに、知識的な補完がなされるべきだ。

ベッドサイドにいきなさい。
患者さんの話を聞きなさい。
ギリギリまで追い求めなさい。

・・・などというと、労働組合になにか文句を言われそうだが、あまりにも淡白な臨床生活を過ごしていると、まったく技術も何もないセラピストになってしまうゾ。

さて、そんな不安と不満の矛先は、先輩である僕に向かうのである・・・。

今の学習法は物知りだけを生産している気がしてならない。
患者さんに寄り添う医療を展開してくことが、なんだか古くさくて悪いことのような、そんな印象すら持ち兼ねない。

臨床の魅力を伝えきれていない、先輩の責任なのだろう。

そういった意味で、思うほど成長の見られない2年目の誘導をどうするか・・・思案のしどこである。

放っておいても、よい時代ではないようだ。

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参考

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この記事へのコメント

  1. 肘部管症候群?
    こんばんは。閲覧している者です。
    素人ですが、私、肘部管症候群ではないかと、思っています。ようやく明日、貴院が再スタートされるので受診しようと思っています。不自由で困っており、リハビリもしたいです。まずは受診ですよね?

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