陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)夢枕 獏文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
たとえばだ。この世で一番短い呪(しゅ)とは何だろうな?
この世で一番短い呪とは、名だ。
呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ
ものの根本的な在様(ありよう)を縛るというのは、名だぞ
この世に名づけられぬものがあるとすれば、それは何ものでもないということだ。存在しないと言ってもよかろうな
たとえば、博雅というおぬしの名だ。おぬしもおれも同じ人だが、おぬしは博雅という呪を、おれは清明という呪をかけられている人ということになる・・・
目に見えぬものがある。その目に見えぬものさえ、名という呪で縛ることができる
男が女を愛しいと想う。女が男を愛しいと想う。その気持ちに名をつけて縛れば恋・・・
言い方を変えようか
庭を見よ
藤の木があるだろう。おれは、あれに”みつむし”と名をつけた
呪をかけたということだ
けなげにも俺が帰るのを待っていた
花がまだ咲き残っている
・・・
やはり女と男のことで説明してやらねばならぬか
おぬしに惚れた女がいたとしてだな、おぬしでも呪によって、その女に、たとえ点の月であろうとくれてやることができる
月を指差して、愛しい娘よ、あの月をおまえにあげようと、そう言うだけでいい
はい、と娘が答えれば、それで月は娘のものさ
それが呪の一番もとになるものだ
わからぬでいいさ