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未成熟な僕の末路は

理学療法/病院

この歳(37yo)で
職場を変わろうかと考えてる。

思うことは様々で、考えるほどに複雑になってくるんだけども。

自分に正直になって、
自分の中での正義と理想とを考えると、職場を変わるのが最も素直な行動だと思える。

ヤケッパチになったんじゃなくて、年単位で燻っていたものにキッカケが加われば、そういった展開になるのだなと、客観的に自己分析もできている。

葛飾北斎の『富嶽三十六景』

この絵のごとく、大きなものの中で、それらに立ち向かい、生きていきたい。

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未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。
(ウィルヘルム・シュテーケル)

The mark of the immature man is that he wants to die nobly for a cause, while the mark of the mature man is that he wants to live humbly for one.

Wilhelm Stekel (1868-1940)
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就活もしていて、学生さんに混ざって採用試験を受けに行ったりしているわけだけども。

不安だわな。
年齢的に採用されにくいんじゃないかと…

で、いろいろ思うわけよ。

・どこにも採用されなかったら、今の現場に留まるのか?
・今の職場で培った人とのつながりは…?
・今からまた新たな関係をつくるのか?
・いま参加しているプロジェクトはどうなるのか?
・僕みたいな年寄りが採用試験を受けるということは、先方に採用・不採用の決断をさせなければならい。迷惑ではないのか?
・今の給料ベースを保てるのか?

などなど、様々なモヤモヤが頭の中に去来する。

しかし、同時に
未知なる新たな世界に対して、言いようのない希望も去来するわけだ。

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童子(わらべ)の時は語ることも童子のごとく、思うことも童子の如く、論ずることも童子の如くなりしが、人と成りては童子のことを棄てたり。
今我ら、鏡もて見るごとく、見るところ朧なり。

されど
かの時には顔を合わせて相見えん。
「コリント人への第一の手紙」の一節(第13章11-12節)
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変わることで見えてくる世界もある。

そういった思考で、また新たな可能性がフラリと舞い込んできた!
というか、気がついた道がある。

我ながら、『その道もあったか!!』というもの。

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ひとつの扉が閉じたら、もうひとつの扉が開く。
だが往々にして人々は閉じた扉を悔しそうに長いこと見つめているので、
別の扉が開いたことに気づかない。
(アレクサンダー・グラハム・ベル)
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すべては選択の上に成り立つ。

僕が今の職場を去ろうと思った時も、選択だし、職場にもその選択を(間接的ではあるけども)迫った。

もちろん、選択といっても、そこにはかなり深い『御縁』が関わってくる。
いま僕がとっている、こういった精神状況や思考、行動も『御縁』の作用が大きく働いている。
僕を取り巻く人たちも同様だろう。

僕は惰性や諦観で仕事や人生を続けようとは思わない。

シンプルに見つめ直す。

『苦しんでいる人を救いたいという思い』

これを行動に移すための生き方を模索する。そうしたい。

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参考

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コメント

  1. Hitomi より:

    Unknown
    自分の中の正義があるからこそ、色々なことに考えが及ぶからこそ、苦しむことも悩むことも人一倍多いと思います。まだ見ぬ世界に不安は募るばかりで、何が正解なのかも分からないけれど、やっぱり自分に嘘をつきながら生きていくことは後悔ばかりではないかと思うのです。一瞬、一瞬を精一杯生き抜きたいですね(*^^*)

  2. kazz_ash より:

    Re:Unknown
    ありがとうございます。
    誰でもいつ死ぬか分からないですしね。
    みんなが誰かの生を背負っていると思いながら、大切に生きていきたいと思います。

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