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蝎(サソリ)の火

救護班に出かけるときに、鞄に3冊の文庫を入れた。

■銀河鉄道の夜

新編銀河鉄道の夜 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社

■かもめのジョナサン

かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)
クリエーター情報なし
新潮社

■星の王子さま

星の王子さま (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社

それぞれ、何度も読んだことのあるものだ。
おそらく、ゆっくり読書する時間なんてないだろうから、ぱっと頁を開いてすぐわかるものの方がよいと判断したからだ。

慣れ親しんだ話であれば、文章の切れ端にでも触れるだけで物語は、広がる。
そう思って、この3冊にしたのだ。

といっても
『かもめのジョナサン』は
往きの飛行機の中でじっくり読み終えてしまった。

この本から手を付けたのは正解だったかもしれない。

オウム事件に関連して、刃物で刺され殺された村井さん(オウムの幹部)のことを思い出す。
確か、彼の入信の理由は、「『かもめのジョナサン』を読んで」だった気がする。
そのことをいつも思い出してしまう。

僕は、オウム教団のことは理解できないけども、この「かもめのジョナサン」が大きな原動力となった村井さんの行動はなんだかわからなくもない気がするのだ。

「星の王子さま」は数ページ見ただけで、その後はあの結末につながるんだと思うと、つらくて読めなくなった。
けども、この5日の間に何度か開いた。
高校生の頃、同級生の女の子が何度も読んだと言っていたのを思い出したが、たしかに「星の王子さま」には何度もあいたくなる。それは、あの結末だからなんだと思う。

『銀河鉄道の夜』におさめられている短編も、この5日間の間に読んだ。
「ビジテリアン大祭」の問答は人間が抱える食うことの苦悩が、なんだか、今回の震災とかぶってしまった。
どうしても起こってしまう自然の変化(人は「災害」と呼ぶ)とそれに立ち向かう者との対立を考えてしまった。

そのほか「よだかの星」「カイロ団長」も読んだ。
どれも、優しく美しい日本語だ。

そして、「銀河鉄道の夜」
やはり、条件反射的に涙が流れるのは『蠍(サソリ)の火』の下りである。

ぜひ、目を通してもらいたい。

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(以下、『銀河鉄道の夜』より引用)

川の向う岸が俄(にわ)かに赤くなりました。
楊(やなぎ)の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。
まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗(ききょう)いろのつめたそうな天をも焦(こ)がしそうでした。
ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔(よ)ったようになってその火は燃えているのでした。

「あれは何の火だろう。
あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」
ジョバンニが云(い)いました。

「蝎(さそり)の火だな。」
カムパネルラが又(また)地図と首っ引きして答えました。

「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」

「蝎の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。

「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」

「蝎って、虫だろう。」

「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」

「蝎いい虫じゃないよ。
僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。
尾にこんなかぎがあって
それで螫(さ)されると死ぬって先生が云ったよ。」

「そうよ。だけどいい虫だわ、

お父さん斯(こ)う云ったのよ。

むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて
小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。
するとある日
いたちに見附(みつ)かって食べられそうになったんですって。

さそりは一生けん命遁(に)げて遁げたけど
とうとういたちに押(おさ)えられそうになったわ、
そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、
もうどうしてもあがられないでさそりは溺(おぼ)れはじめたのよ。

そのときさそりは斯う云ってお祈(いの)りしたというの、

 ああ、わたしはいままで
いくつのものの命をとったかわからない、
そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときは
あんなに一生けん命にげた。
それでもとうとうこんなになってしまった。
ああなんにもあてにならない。

どうしてわたしはわたしのからだを だまっていたちに呉(く)れてやらなかったろう。
そしたらいたちも一日生きのびたろうに。

どうか神さま。私の心をごらん下さい。
こんなにむなしく命をすてず
どうかこの次には
まことのみんなの幸(さいわい)のために
私のからだをおつかい下さい。

って云ったというの。
そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって
燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。
いまでも燃えてるってお父さん仰(おっしゃ)ったわ。
ほんとうにあの火それだわ。」

(中略)

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。

(引用おわり)
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救護班を終えてからも何度も目を通した。
文庫は鞄に入れたままになっているから。

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