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戴帽

とある病棟

看護詰め所の電子カルテ脇の壁に、いちまいの絵が掲げられてあった。

一見して、子供の絵だということがわかる。
それも小学生低学年のおんなの子だろう。

おそらく、この絵を描いたこどもが入院しているのか、あるいはこの子の母か祖父か。

とにかく、子供の絵が目に入ってきた。

その絵は、おんなの子がよく描くような、「おんなの子の絵」で、ペタッとしたような顔に、大きな瞳、手足は長くて長方形・・・そういったよくある絵だった。

絵の中には、それこそ子供っぽい自体で文字が書いてある。

 か

 ご
  し
 さ
  ん

ワンピースはどうやらナース服のようだ。

不思議なことに、この「かんごしさん」の絵には、ナースキャップが描かれている。

多くの病院がそうであるように、この病院の看護師も、既にナースキャップは使用していない。

感染の問題だとか、業務の問題だとかで、ナースキャプは外されている。

それでもなお、このおんなの子の絵にはナースキャップが描かれている。

おそらく、この絵を描いたおんなの子は、ナースキャップの実物を見たことがないだろう・・・

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社会学の言葉に『消滅する媒介者(vanishing mediator)』という言葉が出てくる。

『消滅することによって社会システムの動態を規定する媒体であり、最終的にはシステムの内側にも外側にもその存在の痕跡を留めない』(大澤真幸、フレデリック・ジェイムソンの言葉を押井守が紹介)

ナースキャップが使用されなくなった現在でも、戴帽式が存在し、看護師の(そしてナースという語の)アイコンとして使用されるナースキャップ。

看護師は人(患者)に安心を与える職種である。それ故に、医療における感染対策や効率化という流れの果てに、自らの象徴であるナースキャップを外すに至る。

ナースキャップを外すことがナースとしての職務の性格を規定し、その後の新たな(より進んだ)看護師像を作り出している。

ナースキャップは消滅することによって、看護師の存在をより明確にしている。

そして尚、この姿なきナースキャップはイメージとして複製され、描かれ続けている。

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僕はナースキャップが好きだ。

フェティッシュな意味で言っているわけではなくて、このナースキャップの存在、そして、消えた意味を考えると、なんとも儚く、かつ力強い意思を感じるからだ。

ナースキャップを外すことは、その象徴をより強めるものであって、決して象徴を棄てるものではない。

おんなの子の描いた「かんごしさん」を見入りながら、そんなことを思った。

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